生きているロボットをこよなく愛す
と言うのがトラックバックテーマにあったので、
TB自体はしないけど書いてみます。
久々に某オークションで良さそうなジャンクプラモ発見。
終了5分前に思い出して入札。他入札者無し。
大丈夫だろうと思ってて放っておいたら、
「入札2:終了」になってた。
きわめて欲しい訳ではなかったのですがちょっと悔しい。

でもこれひょっとしたらストックあるんじゃないかなー
→倉庫チェック
→全部未組みで発見
ありがとうもう一人の入札者!(オイ)

ドラデータ5回分(10話)まで終わりました。
書き始めた日でアップするので「ドラデータ」タグからご覧ください。
これからもカレンダーの空き部分に入っていきます。
書き方模索中。
ネタはゲストに搾って感想は控えめに…とは考えているのですが、
「どくさいスイッチ」のように書きたい事が多いと悩み所。
あの頃は感想書いている所も多く、
自分自身も色々思う所があって回ったのですが、
3話目にして「不安を感じてた人」を黙らせた名作だと思います。

不満点もいろいろ目を通しましたが、
個人的に声優変更事態に関する云々とかは完全スルーでした。
残念な気持ちももちろんありましたが、
思想としては正直「もっと早く変えるべき」だったので。

それよりキャラデザでもう大満足。
目のハイライトは必要ですよ。
原作でものび太の目はアップ時にちゃんとハイライトがあります。
ドラに至ってはなんで点なのかと…

他にものび太としずかのアゴとか、
メインイラストに生気が無いとか
そう言った不満点がすっぱり解消されてて、
後はもうどうでもいいや(いやそれは大げさですが)って気持ちでした。

声に関しましては演技力の問題は確かにあったかなーと。
大原さんの呼吸のタイミングはちょっと引っかかってました。
今順調に遅れて20話まで観てますが、
この頃まで来るともう安定してますね。

と言う事で、
変更そのもの→致し方ないし歓迎
キャラデザ→涙を流して喜ぶ
演技等→温かい目
シナリオ→あのムチャクチャも好きでしたがやっぱ原作は良いなぁ…

とほぼ絶賛状態。
不満・文句の感想も「この人はそうなんだ」と流していたのですが、
共感を感じた言葉として、
「絵は原作に近いけどツギハギみたい」ってのがありました。
そしてそれを一番強く感じたのがこの話。

なにがかってデータ枠内でも書きましたが、
「原作の名場面」がことごとく浮いているんですよ。
なんか無理やりねじ込んでみた形です。
のび太が空き地で佇むシーンがその最たる物です。
オリジナルシーンが良いだけに勿体ない。

これはどういう事かと考えてみますと、
Fマンガってシナリオが主役なんです。
キャラは主役ですらシナリオを進めるパーツに過ぎません。
「名場面」「心に残るシーン」の類って、
結果として心に残った訳でして、
シナリオを進める上でのただの通過点に過ぎないと思うのです。

自分で書いてて訳が解らない文章ですが、
「1つのコマから次のコマへ移るまでの間の繋がりが天才的である」
と言う事。
大ゴマはほとんどない、奇をてらったコマもない、ページ数は少ない、
集中線、効果線も必要最低限…
これでキャラクターが実に生き生きと動いて見える構成の素晴らしさ。
F先生の天才たる所以はここであると思うのです。

で、名場面ってのが「その動きの中点をたまたま抜き出した物」
出しかない為に、
動画でそれを魅せようとするととても難しい。
「ここを見てくれ」って気持ちは解るけど、
そこだけ抜き出されても…と。

「さようならドラえもん」は3回(多分)ほどアニメ化されていますが、
「帰れないんだ!」のアップで原作を越えた物はありません。
だんげんする。
原作を読んでアレをアニメにするとなると、
誰もがあの段階アップをやりたいのです。
やらねばならぬと思うのです。

でもあれはマンガの手法として映えるものであって、
段階的にアップにしていく物ではないのです。
絵が動くアニメなんだからアングルを変えるとか回り込むとか、
そこまでへの持っていき方って多々あると思うのですが、
やはりあのアップに囚われてしまうのだなぁと残念に思います。

F先生が「流れの中の1シーンがたまたま名場面になった」のと対照的に
A先生はいわば殺陣の決めシーン、歌舞伎の見栄的に
「意図して名場面を描いている」のがまた好対照で面白いと思うのです。
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あの頃は感想書いている所も多く、
自分自身も色々思う所があって回ったのですが、
3話目にして「不安を感じてた人」を黙らせた名作だと思います。

不満点もいろいろ目を通しましたが、
個人的に声優変更事態に関する云々とかは完全スルーでした。
残念な気持ちももちろんありましたが、
思想としては正直「もっと早く変えるべき」だったので。

それよりキャラデザでもう大満足。
目のハイライトは必要ですよ。
原作でものび太の目はアップ時にちゃんとハイライトがあります。
ドラに至ってはなんで点なのかと…

他にものび太としずかのアゴとか、
メインイラストに生気が無いとか
そう言った不満点がすっぱり解消されてて、
後はもうどうでもいいや(いやそれは大げさですが)って気持ちでした。

声に関しましては演技力の問題は確かにあったかなーと。
大原さんの呼吸のタイミングはちょっと引っかかってました。
今順調に遅れて20話まで観てますが、
この頃まで来るともう安定してますね。

と言う事で、
変更そのもの→致し方ないし歓迎
キャラデザ→涙を流して喜ぶ
演技等→温かい目
シナリオ→あのムチャクチャも好きでしたがやっぱ原作は良いなぁ…

とほぼ絶賛状態。
不満・文句の感想も「この人はそうなんだ」と流していたのですが、
共感を感じた言葉として、
「絵は原作に近いけどツギハギみたい」ってのがありました。
そしてそれを一番強く感じたのがこの話。

なにがかってデータ枠内でも書きましたが、
「原作の名場面」がことごとく浮いているんですよ。
なんか無理やりねじ込んでみた形です。
のび太が空き地で佇むシーンがその最たる物です。
オリジナルシーンが良いだけに勿体ない。

これはどういう事かと考えてみますと、
Fマンガってシナリオが主役なんです。
キャラは主役ですらシナリオを進めるパーツに過ぎません。
「名場面」「心に残るシーン」の類って、
結果として心に残った訳でして、
シナリオを進める上でのただの通過点に過ぎないと思うのです。

自分で書いてて訳が解らない文章ですが、
「1つのコマから次のコマへ移るまでの間の繋がりが天才的である」
と言う事。
大ゴマはほとんどない、奇をてらったコマもない、ページ数は少ない、
集中線、効果線も必要最低限…
これでキャラクターが実に生き生きと動いて見える構成の素晴らしさ。
F先生の天才たる所以はここであると思うのです。

で、名場面ってのが「その動きの中点をたまたま抜き出した物」
出しかない為に、
動画でそれを魅せようとするととても難しい。
「ここを見てくれ」って気持ちは解るけど、
そこだけ抜き出されても…と。

「さようならドラえもん」は3回(多分)ほどアニメ化されていますが、
「帰れないんだ!」のアップで原作を越えた物はありません。
だんげんする。
原作を読んでアレをアニメにするとなると、
誰もがあの段階アップをやりたいのです。
やらねばならぬと思うのです。

でもあれはマンガの手法として映えるものであって、
段階的にアップにしていく物ではないのです。
絵が動くアニメなんだからアングルを変えるとか回り込むとか、
そこまでへの持っていき方って多々あると思うのですが、
やはりあのアップに囚われてしまうのだなぁと残念に思います。

F先生が「流れの中の1シーンがたまたま名場面になった」のと対照的に
A先生はいわば殺陣の決めシーン、歌舞伎の見栄的に
「意図して名場面を描いている」のがまた好対照で面白いと思うのです。
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【2010/04/23 08:25】 | たわごと
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